2026年9月
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SNSを見ていると自然に攻撃的になるのは、人の意見や、人の生活が自然と目に入るからだ。人の意見を見れば「それは違う」と思うかもしれないし、人の生活を見れば嫉妬や怨嗟の感情が湧くかもしれない。そ…
運動をずっとしていないと衰えるのはもちろん筋力の低下という側面もあるだろうけど、運動に使う神経の回路をどう繋いで発火させるか身体が忘れてしまうという側面もあるかもしれない。
AIとの対話のタチの悪さは、最初から結論ありきでその結論を肯定するようにAIの応答を誘導できるところにある。
モーショングラフィックスは実はかなりドパガキ向けコンテンツである。音ハメで画像が動くというのは意味を介在しない分、人間の生理的な快感に直接働きかける。
ぼくは「気に入られ競争」が得意じゃないし、好きじゃない。例えばこういう人が子どもの頃からいなかっただろうか。学校の教師に気に入られたり取り入ったりするのが妙に得意で、試験の成績が悪いのに内申点…
考察と批評には違いがあるらしい。ぼくの考えでは、批評はおそらく批判だと受け止められる。つまり批評をする人間は「水を差すやつ」だと思われる。それに対して考察は「みんなで盛り上がれる」ツールだ。
テクノロジーが単なる悪なのであれば、無くしてしまえば問題解決で何も悩むことは無い。だがテクノロジーの厄介な所は、大前提として「便利」なことにある。グーグルマップとかも冷静に考えれば「いや、誰に…
「1日30分睡眠を17年間続けている」と「10年以内の人類滅亡確率が10%である」は発言の信ぴょう性としてほとんど等価。こういう虚言癖のある頭のおかしな人の言う事を信じていると人生無駄にするの…
マーケットの論理が全てを均質化してしまう中で、表現の多様性をどう残すのか、ということについて考える。実際ぼくにできることは、「少しでも変なことをやり続ける」ということくらいしかない。この発想は…
子どもの頃から「考えることをやめられない」という癖があって、起きてる時はもちろん、ベッドで横になっている時も頭の中にいろんな思考が巡ってしまう。それを書き留めておこうと日記を書くことにした。
「クオリティ」という言葉を簡単に使うが、そもそもクオリティとはなんなのだろうか。
ぼくはある時期からSNS、特にXからは距離を置いていた。
「不気味の谷」には人間の方から近づいているという側面もあって、今は「AIキモ飯画像」を笑って見てられるけど、認知的負債の問題が深刻になれば、あれに違和感を抱かない人間が次の世代に出てきてもなん…
Xのタイムラインを見ていると、クリエイターの間でも「認知的負債」の兆候が出始めていると感じる。トレンドに乗り遅れてはいけないという意識とSNSにおける承認欲求のために、どんどんクオリティの基準…
ぼくがバーやスナックのような場所が好きなのは、あそこには寛容さがあるからだ。訳のわからないことを喋ってても管を巻いてても、誰もそれを咎めたりしないし、気にもしない。SNSではちょっとでも間違っ…
ソーシャルプラットフォームはフォロワーとリーチを意図的に切り離した。フォロワー数云々はくだらない指標だと思っていたものの、今はそれよりさらに酷い。要は全てがランダムの、コンテキストを排除した単…
何かを「消す」という行為には謎の中毒性がある。ぼくは少し強迫神経症気味なところがあって、スマホのカメラロールに1枚も画像がない。要は全部消してしまうのである。アプリも定期的に9割がた削除したり…
いい加減酔っぱらってSNS投稿する悪い癖直したいんだけど、あとで見返すと単純に言い方が悪いだけで言ってることは普段のぼくが考えてることではある。よく「酔った時がその人の本性」だとか「SNSの投…
ぼくの書く文章はいつ見返しても「人に読ませる気がない文章だな」と思うが、基本的にノウハウ的なもの以外の大半の文章は人に読んでもらおうと思って投稿しているわけでもない。では何故わざわざインターネ…
このスピーチの一番のパンチラインは「AIが最終的にやることといえば、凡人をさらにバカにすることくらいだと思っている。」という件だろう。
自分の自撮りをAIで美女に変換するおじさんについて考えてる。変身願望があるというのはわかるが、だとしたら性別を変える必要はどこにある?コスプレイヤーも性別を超えてる場合はあるけど、あれとは異質…
Threadsに色々書いていたら気持ち悪いアカウントに粘着されてしまった。だが様子がおかしくて、レスバしたいなら自分の意見を言ってくればいいだけなのに、自作のAI漫画をリプライで送りつけてきた…
略奪という原罪
最近もはやCG、映像などの業界から足を洗って別の仕事をしようかなと考え始めてる。どう頑張って考えても、この業界はあまりにも将来性が無さすぎる。おそらくむこう10年でかなりの数の会社が無くなるし…
機能不全家族で育ったような人間がその後の人生でマトモに他人に愛されたり、愛したり、そういう人生を歩むことは相当難しい。人生の最初の段階から愛着形成に失敗してるのだ。普通に考えて親からもマトモに…