マーケットの論理が全てを均質化してしまう中で、表現の多様性をどう残すのか、ということについて考える。実際ぼくにできることは、「少しでも変なことをやり続ける」ということくらいしかない。この発想はぼく個人の人生を全く幸せにはしないだろうが、長期的に見て少しでも表現の多様性に貢献できるならそれでいいかなと思ってる。
ぼくがアートワークに使うたくさんの色は、この考えを無意識を反映しているのかもしれない。大それたことかもしれないけど、表現の歴史の中に1つでも色を足すことができたらいいなと思う。
マーケットの論理が全てを均質化してしまう中で、表現の多様性をどう残すのか、ということについて考える。実際ぼくにできることは、「少しでも変なことをやり続ける」ということくらいしかない。この発想はぼく個人の人生を全く幸せにはしないだろうが、長期的に見て少しでも表現の多様性に貢献できるならそれでいいかなと思ってる。
ぼくがアートワークに使うたくさんの色は、この考えを無意識を反映しているのかもしれない。大それたことかもしれないけど、表現の歴史の中に1つでも色を足すことができたらいいなと思う。