「不気味の谷」には人間の方から近づいているという側面もあって、今は「AIキモ飯画像」を笑って見てられるけど、認知的負債の問題が深刻になれば、あれに違和感を抱かない人間が次の世代に出てきてもなんら不思議ではない。
AIで簡単に色々な物が作れてしまう時代に、1からデザインを学んだり、プログラミングを学んだりする必要はあるのだろうか?と多くの若い人は疑心暗鬼になっているかもしれない。ぼくの結論は「あるに決まっている」だ。
よく考えたらこの問いそのものがいかに馬鹿げているかわかる。この問いは「wikipediaに全部書いてあるのに歴史を学ぶ必要あるんですか?」という問いとほとんど同じだからだ。
AIは過去の遺産を食いつぶしているだけで、歴史を学び、そこから新しいアイディアを出すのは人間の仕事だ。それをやらなければ、コピーをコピーして再生産し続けるループに入ることが避けられなくなる。そして社会や文化、人間の認知機能そのものがモデル崩壊を起こし、「AIキモ飯画像」に違和感を持つことすらできない世代が生み出されてしまう。
長期的な視座に立てば、認知的負債の問題を次の世代で深刻化させないためにも教育というのはあらゆる分野で非常に大事になる。