テクノロジーが単なる悪なのであれば、無くしてしまえば問題解決で何も悩むことは無い。だがテクノロジーの厄介な所は、大前提として「便利」なことにある。グーグルマップとかも冷静に考えれば「いや、誰に許可取って近所撮影してんねん!」と思うが、それを補って余りあるくらい世の中を便利にしているとは思う。ここで出てくるのが良いテクノロジーの使い方と悪いテクノロジーの使い方があるという議論で、簡単に言えば後者はドパガキである。だがこれも個人のリテラシーの問題にするのは酷だという見方もある。テクノロジーに人生の主導権を握られないためには、やはり適切な線引きというものが必要になる。何が適切かというのは難しい話だが、一律の制限というのはほとんど不可能に見える。これは常々議論されていることだが、SNSの誹謗中傷や虚偽広告が問題だからといって、プラットフォームの運営が日本の企業でない以上それを取り締まるのは難しい。これはAIに関しても同じことだ。