反AIみたいなことをSNSに繰り返しポストし続ける人は、そういう投稿をすることによって生まれる連帯に依存してるという点ではシンギュラリティ終末論者とコインの表と裏でしかない。オーガニック信仰のようなものに近い雰囲気を感じる。

効率化がどこまで悪なのかなんて線引きの話をし始めたらCGだって怪しいもんで、手で絵を描く人間から見れば楽をしているとかズルをしていると思われているかもしれない。実際そういう論調は最近見ないけど昔はあったはずだ。

ぼくたちはCDを買わなくなって1000円くらいで音楽を浴びるように聴ける世界に生きてるわけだけど、それはミュージシャンの「仕事を奪った」ことになってないのか?自分だけが被害者みたいな面をする人たちは普通に考えが足りないと思う。

実際にはテクノロジーによって何かがタダ同然になることによってそこには別の潤沢さが生み出されているはずだ。ミュージシャンも昔より厳しくなったのかもしれないけど消えてなることはないし、別の回路が生み出されているはずだ。


Instagramのリールに付くコメント見てると、明らかにc4dって書いてあるのに「このツール何?」とか、音源の名前は下に出てるのに「この音源何?」とか聞いてくる人めっちゃいて不安になってくる。もう文章の理解力が無いとかそういう話じゃなく読む気すらない。

わからないことがあったら自分で調べたりどこかに書いてあるか確認するみたいなことを放棄してとりあえず聞くみたいな習慣が根付いちゃったのはAIの弊害なのではないかと思う。

Instagramは実質的に投稿をフォロワー外にリーチさせる手段がリールしか無くなってるから使うしかないけど、ぼくがショート動画嫌いな理由はこういう所にある。ショート動画を四六時中見てる人間は何も真剣に見ていないし、何も真剣に考える気がなく、薬物中毒者のようにひたすら画面をスワイプしてるだけだ。