「AIによって人類が滅亡する」みたいな話をしている人間は総じて人類が滅亡して欲しいかのような口ぶりで話す。
世界が滅亡しても構わないと思うような、この世界に大切に想う人もおらず、孤独で、最先端技術に便乗してルサンチマンを発散するしか能の無い人間の言う事など傾聴に値しない。
AIが本格的に流行し始めた当初から、ルサンチマンの発散装置としての役割に注目している。例えば最近ではAIにアウトプットだけでなく、絵を描くプロセスの動画まで作らせるような人間がいるが、もはやなんのためにやっているのか、誰のためにやっているのか全く理解不能で、イラストレーターに対する単なる嫌がらせのような行為にしか見えない。
この手の議論には様々なグラデーションがあるが、日夜Xで繰り広げられる議論は(AIという神を)信じるか、信じないか、といった神学論争的なポジションの取り合いと対立煽りをしているだけに見える。
これは(こちらも日夜繰り広げられている)政治の左右対立と対照的な構図で、リベラルが右翼雑誌を読んだとXで報告したらそれだけでリベラルサイドから叩かれるみたいな構図とほとんど同じだ。
AIを使うと、それを使ったという事実だけで攻撃してくるような人間もいるようだが、それも全く同じことだ。こういう条件反射的な反応そのものが、皮肉にも機械的でAI的ではないか。
SNSにおけるほとんどの議論は、表面上議論に見せかけて対立という構造の上でどちらのポジションにつくかということを延々やっているだけにすぎず、こういったグラデーションの幅が広い議論についてマトモに考えているような人間は少ない。