フリーランスのCGデザイナーが海外案件を取るまで
はじめに
はじめまして。フリーランスで3DCG関連のデザイン、イラストレーションを中心に活動している山地康太と申します。現在は多摩美術大学のグラフィックデザイン学科にて3DCGの講師も務めています。これまで主に海外の案件を中心にAdobeやApple、Metaなど様々なグローバルブランドとコラボレーションをしてきました。ポートフォリオやSNSは以下のリンクからご覧いただけます。
この記事を書こうと思った経緯
noteを始めたからには日記ばかり書いていないでなにか有益な情報を投稿したいと思い、最初に思い付いたのがこのテーマでした。ぼくは一度も海外に行ったことがないにもかかわらず日本で海外の仕事ばかりやっているというかなり特殊な働き方をしていて、これは他の人には書けない内容かなと思い、この記事を書き始めました。
なぜ海外案件を取る必要があったのか
考え始めたきっかけ
これもまた特殊なケースだと思いますが、ぼくは大学を卒業してから10年以上ずっとフリーランスです。この件については話が逸れるのでまた別の記事にまとめたいと思っています。
大学を卒業し、駆け出しの頃は海外の仕事をするなんて特に考えもせず、知り合い経由で仕事を紹介していただきながらフリーランスの活動を続けていました。しかしある時、このままではジリ貧になる一方だなと思い始めました。日本の案件の予算感は今も昔も、これだけ社会情勢も物価も変わっているのに対してあまり変化していないように思います。もちろん、ぼくが受けていた仕事だけがそうで、他の人はもっと違う条件だった可能性もあるので、あくまでぼくの体感です。
正直に言うと、20万円くらいの金額で2週間も3週間も拘束されるような案件を月に数本掛け持ちして続けていくのは体力的にも精神的にもしんどかったです。ボロボロになりながら徹夜で朝から打ち合わせに行って、横柄なクライアントに罵倒された時は心底空しい気持ちになりました。
そこで考え始めたのが、海外案件を取ることでした。ただ最初の頃は、お金の面というよりも単純に間口を広げた方が仕事を獲得できる幅が広がって、違う世界が見えてくるだろうというくらいの気持ちでした。
為替のすさまじさ
最初はそういった動機から考え始めたことですが、やっていくうちに為替というもののすさまじさを体感しました。特に2022年あたりから急激な円安になった時、稼げる金額がすごく増えました。10年前なら$1000、日本円で10万円くらいだった仕事が、今は16万円です。これが$1000ならたいした金額差にはならないかもしれないですが、$10000、$20000の取引になってくると話が変わってきます。同じ労力、同じような仕事にもかかわらず、円安の影響で凄まじい差が出てきます。具体的な金額やプロジェクトは言えませんが、1つの案件で合計1000万円を超えるような取引もありました。
どう見せるか、どう取りに行くか
ここからは具体的に何をやったかについて書いていこうと思います。とはいっても、あくまでぼくの場合ですが、案件のほとんどが向こうからオファーが来るというパターンだったので、こちらからどうアプローチするのか(コールドメールなど)という点ではノウハウがあまりありません。
コールドメールというのは、取引したことがない相手に送る営業メールのことですが、こういうのを送っても返ってきた試しがありません。そこで、ぼくが考えたのは「がんばって仕事を探しに行く」のではなくて、いかに発見されやすく、かつ発見されたときに仕事を依頼されやすい状況を作るか、ということです。
商習慣の違いなのか、企業の構造的な違いなのかわかりませんが、向こうはAppleやMetaレベルの大企業が個人のクリエイターに直接メールを送ってきます。日本では、少なくともぼくの経験上、こうした大企業から個人のクリエイターに直接オファーが来るケースはほとんどありませんでした。(TOYOTAの社員がいきなり個人のクリエイターにメールを送ってくることなんてあり得るでしょうか?ほとんどは代理店を経由するはずです。)
しかしこの点はチャンスで、代理店などの中間業者を介さず、クリエイターとクライアントが直接取引できるということでもあります。良いものを作っていればわざわざこちらから営業しなくても向こうからオファーが来るチャンスは十分にあります。
作風、スタイルを確立する
海外の仕事を狙うということは、間口が広がる代わりに競争相手も増えるということでもあり、その中で目立つようなスタイルを確立していないと埋もれてしまいます。自国内に似たような表現ができる人間がたくさんいるのに、わざわざ面倒な海外の人間に仕事を依頼する人はいないでしょう。
ここでどういった戦略を取るかは個々人で考えなければ意味がないですが、ぼくは「日本という国に海外が抱きそうなイメージ」をビジュアル化しようと試みました。簡単に言うとポップでカラフルで、シュールなビジュアルです。結果この作風は、後述するCreative Boomの記事でも言及されていますが、東京のネオンライト(多分歌舞伎町のこと)と関連付けられて受容されたようです。
SNS、WEBサイトの見せ方
本気で海外の案件を取りたい意思があるなら、SNSやWEBサイトは全て英語に書き換えた方が良いです。確かに全て英語だと日本からの依頼者に敬遠されてしまう可能性があるというデメリットはありますが、これは逆の立場で考えても同じことです。
例えばぼくたちが中国語やアラビア語のような、普段全く目にすることのない言語で書かれたWEBサイトを訪問して、そのサイトを詳細に見ようという気が起こるでしょうか?日本語はローカルな言語なので英語圏の人間からすればこれと同じことです。要は心理的なハードルを下げないといけないということです。
SNSについては、海外向けならInstagramやBehanceなど、海外のクリエイターが多く利用しているプラットフォームを優先し、頻繁に更新したほうがいいでしょう。持論ですが、「作風」というのは数多くの作品を作らなければ形成されません。2、3作品見ただけでその人の作風がどういうものであるか断定するのは至難の業です。
ポートフォリオは何か1つのテーマを持って、ビジュアルに統一感を出すのがコツです。要するに「この人にこういうスタイルを頼めば確実に同じものが出てくる」と思ってもらう必要があるということです。以下はその一例です。
海外メディアへの掲載を狙う
VimeoのStaffPickや、Behanceのトップページのキュレーションに乗ると、それを見た海外メディアに掲載される可能性があります。キュレーションメディアに紹介されると、それを見たクライアントから連絡が来るパターンはわりとあります。以下は実際に掲載された記事の一例です。・Creative Boom・Stash
ただ正直に言うと、現状こういったキュレーションメディアやSNSは昔ほど機能していない印象があります。あらゆるサイトがランダムフィードを採用しているせいというのもありますし、そもそも現状のデジタルプラットフォームは、生成AIも含め粗悪なコンテンツで埋め尽くされていて、発見されること自体困難になりつつあります。
Peter Tarkaというアーティストが、Behanceで17万人フォロワーがいて、かつBehance Proに課金しているにも関わらず、500回以下しかプロジェクトが見られていないという報告をしているくらいです。
It looks like Behance is dead. I bought Behance Pro just to see if it would have any impact on the numbers. My project was viewed less than 500 times, despite my account having over 170k followers. Great job Adobe! https://lnkd.in/p/gVa3nYdK
英語について
海外の案件を受注するうえで避けては通れないのが英語の問題です。ぼくも最初の頃はそもそも英語を喋ったり、英語でメールのやり取りをするというだけで緊張していました。しかしこの面に関しては簡単にどうにかできる方法はないですし、「海外案件やりたいけど英語アレルギーなんですけど」は流石にどうしようもないです。
これについては努力するしかないと思います。これも別の記事にまとめたいと思いますが、ぼくは半年程度英語のコーチングスクールに通ってVERSANTの点数を20点くらい伸ばしてから自信がつくようになりました。ただそれ以前には散々失敗しまくって、通話を勢いよく繋いではみたものの、何も喋れず相手にポカンとされて終わるみたいなことが何度もありました。
ただ「英語が喋れるようになってから」と考えているとスピード感が無さすぎるので、もし会話が難しいようなら、メールのやり取りを中心にしたいという旨を相手に伝えるのも1つの手だと思います。そうやってだましだましやっていく中で、並行して英語力は伸ばしていけば良いと思います。
お金と契約
海外は日本と違って契約はかなりガチガチにやります。日本はそのあたりいい加減な会社が多いですが、契約書をかわさずに仕事をするような会社はぼくの経験では出会ったことがありません。
契約によっては、「作品の買い取り」なのか「5年だけ使いたい」なのか違ったりするので、条件面は細かくチェックしたほうがいいです。特にいわゆる「バイアウト」つまり作品の権利を広範囲に譲渡する契約の場合は、ギャラを上乗せして請求するなどした方が良いです。
日本で仕事をするときは「ざっくり20万で」みたいな仕事の発注をする会社も多いですが、海外案件は細かく要件を定義して各要件でどの程度お金がかかるのか算出することが多いです。商習慣の違いが大きいので最初は戸惑うかもしれません。以下にざっくりとチェック項目をまとめました。
料金項目
- 基本制作費:フォーマット別(画像なのか、動画なのか、または3DCGのデータ納品なのか、など)
- 使用権:期限付きか、バイアウトか
- ホワイトリスティング(有料広告利用)
- 独占契約:この契約をしている最中に競合と契約してはいけないという取り決め。独占契約の場合は当然ギャラを上乗せしたほうが良いです。
支払い条件
- 着手時と納品時に支払いを分けるかどうか(着手時:50%、納品時:50%のような感じ)
- 支払期日は要確認
その他
- 修正回数に関する取り決め:無料修正は2回まで、のように
- キャンセルに関して:あまりないケースですが案件を途中で一方的にキャンセルされた場合の取り決め
- 制作物を実績としてオンラインに掲載可能かどうかの確認
- 回答期限:返答が遅いクライアントは本当に遅いです。時間を食いつぶされることがあるので意外と大事です。
実務上のTIPS
価格設定について
ぼくが紹介できるのはあくまで要件の項目のみで、価格については個々人の価格設定次第なのでいくらが妥当かをぼくが判断することはできないです。基本的に金額というのは案件の予算次第なので、まず相手に予算を尋ねてみるのがいいと思います。そのうえで思ったより安かったとしても、自分が面白そうと思うならやればいいし、この金額でやるほどでもないなぁと思うなら断ればいいだけです。
タイムゾーンと進行管理
当たり前ですが海外との取引になると、打ち合わせの時間が早朝になったりするので生活のリズムが少し変わります。朝型の人は有利かもしれません。
想定されるリスク
これは日本だろうが海外だろうが変わらないですが、支払いを理由をつけて遅らせようとしてくる人たちはやはりいます。ぼくも何度か遭遇したことがありますし、相手が海外にいるので本当に気が気じゃないです。そういう際は毅然とした態度で催促しましょう。ぼくは幸いなことに完全に支払いを拒否するレベルの悪質なクライアントに遭遇したことはありません。
事前の対策として、メールのドメインやオファーの内容を見て怪しそうな会社とは取引しない方が賢明です。メールの文頭には"Hi ○○"のように相手の名前を書くのが一般的ですが、これが"Hi"とか"Hi there"のみのメールは要注意です。こういうメールは、不特定多数を引っ掛けるために送られている詐欺メールの可能性が高いです。
一人でやるか、頼るか
これは必須ではないですが、英語でのやり取りや交渉面に不安があるなら、海外のマネジメント会社に所属するのも1つの手です。ぼくは"sato creative"という会社にマネジメントをお願いしています。個人宛のメールアドレスに依頼が来ることもありますが、彼ら経由で仕事を紹介してもらえることもあります。通訳や進行管理をお任せする分、案件の予算の中から一定の割合を彼らに渡すという契約を結んでいます。
もちろん所属しようと思ったからと言ってすぐに所属できるようなものでもないですし、彼らと出会えたことは、ぼくの人生を確実に変えたのですが、その話はまたの機会に。
まとめ
- 日本の予算感は変わらない一方、円安の影響で海外案件は同じ労力でも収益に大きな差が出る。
- 英語は最初から完璧である必要はない。会話が不安ならメール中心のやり取りに絞る手もあるし、翻訳機能を使う手もある。
- SNSやwebサイトは英語で見せる。心理的ハードルを下げることが目的で、InstagramやBehanceが海外向けには相性がいい。
- キュレーションメディアやSNS経由の発見は昔ほど機能していないが、掲載されればクライアントからの連絡につながることもある。
- 大企業が代理店を介さず直接クリエイターに連絡してくるのは海外ならではのチャンス。良いものを作り続けていれば、こちらから営業しなくてもオファーが来る可能性はある。
- 埋もれないための「作風」の確立は競争相手が増える海外案件では特に重要。
- 契約は日本より厳格。使用権の範囲、買い取りかライセンスか、キャンセル料などの条件は細かく確認する。
- タイムゾーンや進行のペース感は日本と大きく違うことを前提に動く。
- 支払い遅延や詐欺まがいのオファーは海外でも起こりうる。怪しいメールの見分け方を知っておき、催促するときは毅然と。
- 英語でのやり取りや交渉に不安が大きいなら、エージェントに所属するのも1つの手。
海外案件は、間口を広げてくれると同時に、日本とは違う商習慣やリスクとも向き合うことになります。まずは自分の作品を英語で見せる場所を作るところから始めて、最初の1案件を取って完遂できれば、それが自信と経験になると思います。
この記事では、海外案件を取るまでの大まかな考え方と、実際に海外のクライアントと仕事をするうえで必要になった基本的な知識についてまとめました。
一方で、英語の勉強方法や、現在のSNS・クリエイター市場がどう変化しているのか、生成AIの問題など、ここからさらに掘り下げられるテーマもあります。これらについては、また別の記事にまとめようと思います。
ご覧いただき誠にありがとうございました。