機能不全家族で育ったような人間がその後の人生でマトモに他人に愛されたり、愛したり、そういう人生を歩むことは相当難しい。人生の最初の段階から愛着形成に失敗してるのだ。普通に考えて親からもマトモに愛されない人間が誰かに愛されるのか?若いころは自分でもまだ頑張ればいつかはそういうものを掴めるような気がしていた。でも何度となく他人に裏切られ続けると、もうこれは自分の責任だと思わなければ納得できない。ぼくの思考、話し方、そういったあらゆることが人間を遠ざけるのだ。
これはどうがんばって走るのが遅いとか、どうがんばっても勉強ができるようにならないとか、そういう感覚に近い。
いわゆる愛着障害を抱えている人間が誰かと深い関係を築こうとすると、それは単なる共依存になるケースが多いのかもしれない。しかしぼくは猜疑心が強いので共依存にすらならない。子供この頃からずっと、たった一人、湖の真ん中でボートに寝転がって浮かんでいるような、そんな感覚でずっと生きている。
誰かに嫌われていると思うほど被害妄想的な人間でもないけど、もはやまともにだれにも好かれることもないなら嫌われることを怖がる必要も無いというのは、ある意味メリットかもしれない。どう取り繕おうが結局は誰からも愛されないのだから。
ぼくの作る作品は一人で下を向いたキャラクターが登場することが多いと指摘されたことがある。作品から"solitude"というテーマを感じると言われたが、ぼくのは完全に"loneliness"だろう。誰も望んで孤独など選んじゃいない。アーティストには意識せず強迫的に繰り返してしまうテーマというものがあるらしいが、ぼくには相応しいテーマだと思う。