精神的に問題を抱えている人と付き合うのは本当にむずかしい。突然連絡が何週間も取れなくなったり、話してる最中に突然泣き出したりされると、関わっている側は「何か悪いことしたかな」と絶対考えてしまい、関われば関わるほど疲弊してしまう。

こういう人の厄介なところは、いつも不安定なわけじゃないということだ。元気な時は元気だし、調子が良い時は普通にコミュニケーションが取れる。だからこそどんどん沼にハマってしまう。関わり続けることで情も湧いてしまうし、「いつかきちんと自分と向き合ってくれるんじゃないか」と期待してしまう。だがこの期待は最終的には裏切られることの方が多いのかもしれない。ぼくが昔関わっていた知人は、最終的に仕事も何もかも辞めて音信不通になってしまった。

でも今になって思えば、音信不通にしてくれたことはありがたいことだったなと思う。そうでなければ、ぼくはその人のことを諦めることができなかったかもしれない。人は自分で何かを捨てようと思っても自分の意志で捨てることは意外と難しい。だからこそ「環境を変えることが大事」というようなことが言われたりする。

だから今まさにこういった人と関わり続けている人に「やめといた方がいいよ」と言ってもあまり意味が無いかもしれない。当事者にとってみれば、どれだけ精神的に問題を抱えていようともやはり大事な人であることに変わりはないからだ。


幼少期に場面緘黙症だったことがあって、それを小学校の教員にめちゃくちゃ責められてた。放課後に一人居残りさせられて「お前がいつも黙るせいでクラスの流れが止まる」みたいな旨のことを言われたことはなぜかいまだによく覚えてる。結局これは一時的なもので、年齢とともに自然と治ったし、この程度のことで被害者ぶって傷ついただのなんだの言うつもりも無い。ただなんとなくそんなこともあったなーと思い出した。

とにかくぼくは幼少期に周囲にロクな大人がいなくて、そういう歪みは今の人格形成に何かしらの影響を与えているんだろうなと思う。だが結局、こういう話は突き詰めると「親ガチャ」の話に行きついてしまう。ぼくは親ガチャがどうこう言ってる人は基本くだらない、というか幼稚だと思う。どんなことでも親のせいにしようと思えばできるのかもしれないけど、親への無限の責任転嫁は最終的に何の解決も生み出さない。