最近ようやく生成AIを使い始めた。画像、動画、3Dモデル、テクスチャ、モーションなどいろいろと試してはいるが、一種のガジェットとしてはめちゃくちゃ面白いものの、実用性があるかと言われると実はほとんど無い気がしている。デジタルで作る人間として最も難しい点は、AIで生成されたものには元のシーンデータがないため、微調整ができないことにある。ある程度何かを作った経験がある人ならわかると思うが、物を作ることは微調整の連続であって、一発でできたものをOKすることなどクリエイターサイドでもクライアントサイドでもありえない。

例えば一番困るケースは、生成されたものが概ねいい感じではあるものの、ほんのちょっとだけ動きを調整したいとか、色味や形を調整したいといった場合だ。元のPSDデータなり3Dデータがあれば簡単に調整できるものが、生成AIだともう一度(しかもクレジットを消費して)生成し直すということになる。こんなことを続けていたら、自分で作るよりAIを使った方がコストパフォーマンスが悪くなる可能性すらある。しかも、その生成結果はガチャなので、うまくいかない可能性があるし、なんなら何度やっても思い通りの結果が出てこない可能性すらある。現状、「アウトプットを一直線に出力する」という用途ではほとんど使えない。ただし、アウトプットに至る過程の要素のいくつか、例えば3Dシーン全体の中の小物やテクスチャを生成したりする用途では利用価値が高い。ただしこれも、メインで微調整が必要になりそうなオブジェクトには使えない。あくまで、別にどんなものであっても許容できる、遠くにちょっとだけ見えているオマケ要素のようなものに限定される。

否定的なことばかり言っているように見えるかもしれないが、基本的には革新的なテクノロジーであるとは思うし、モノを作るプロセスは大きく変わっていくだろう。これからは、基本的に0から何かを作るということは相当非効率的になるはずだ。例えばモデリングで言えば、ベースメッシュは生成し、それを微調整したり組み合わせたりすることが人間の主な作業になる。ただし難しいのが、このとき微調整をするためにはベースとなる知識がなければできないわけで、結局、何もかも勉強が不要になるわけではないのかもしれない。しかし、その辺の初心者よりAIの方がよっぽどいいものを作ってしまうため、モチベーションを担保するのが難しくはなるだろう。

やり方によっては、画像生成〜3Dモデル生成〜動画生成をすべて生成AIによって循環させることすらできるが、結局は核となるアイディアや世界観のようなものがなければ、どこを拠り所にしていいのかわからなくなるし、単にプロンプトでガチャを回すだけの人間に成り下がるだけだろう。アウトプットのクオリティに価値を見出すというよりは、そのメタデータ、例えば作り手の出自や作家性のようなものが大事になるのかもしれない。作家性や個性のようなものも一種のメタデータだろう。商業主義が跋扈する世の中では、作家性というのは嘲笑われてきた概念だと感じるが、結局は最も原始的なところに回帰するのかもしれない。

現状の生成AIの不満な点があるとすれば、言葉→視覚というプロセスを当然のものとしているところにある。言葉によって視覚表現を規定するというのは、あまりにおもしろくない。というか、それならビジュアルなど作らず、すべて言葉で完結すればよい。大人が子供のような絵を二度と描けない問題と同じで、例えば「木」という言葉と木のイメージが一対一で結びつくような発想は、成熟の過程で人間がつまらなくなる一つの要因だろう。例えば詩のようなものは、常識からかけ離れた言葉の使い方ができるから面白い。「青い」に続く言葉を「空」のようにすれば、これは何もおもしろくないが、「夜」と続けて「青い夜」とすれば、普通では意味の通じない言葉の羅列を作ることができる。

詩が言葉を言葉として純粋に、自由に処理するのと同じように、ビジュアルをビジュアルとして純粋に、つまり色や形のようなものから自由に発想して作る方が、視覚表現を使う意味があるように思う。「意味」の内部で視覚が制限されている状態は窮屈だし、そのやり方だと結局、似たようなものができあがるだけである。世の中にはびこる生成AIによる創作物が一見「クオリティ」は高く見えても、何かおもしろくないと感じるのは、意味と言葉の内側で最大公約数を取ったような表現にしかなっていないからだろう。

視覚を言葉の従属物として扱うのが嫌なのと同じように、僕は3DCGをやっていても、3DCGを既存の表現、リアリズムやアニメの従属表現として扱うのが嫌だし、そして人間がプロンプトでガチャを回すだけの存在に成り下がり、AIの従属物になることも嫌だと感じる。

生成AIはテクノ封建制のような構図をさらに強化するだろう。結局すべてサブスクモデルだし、モノ作りのプロセスの根幹部分にこういったサービスが入り込むなら、クリエイターは作れば作るほど搾取される構造になる。生成AIはほとんどソシャゲのガチャのようなもので、欲しいキャラが出るまで何度もガチャを回す感覚に近いが、そもそも世の中に自分が欲しいキャラがいないから自分で作ろうとするのがモノを作る根本的な動機のような気もするのだが。