人生において何に重きを置くのかは人によって違うのだろうけど、自分にとっては時間を自由に使えることなんだなと思う。別に生活するだけならそんなにたくさんのお金が必要なわけでもないし、一年中働きづめで収入を高めるみたいな方向にモチベーションを持っていけない。要は暇なのが好きなのだ。

大半の人は暇なのをものすごく嫌う傾向にあるのだが、たぶん何かを考えたりすることが嫌なのだろう。ずっと働きづめならルーティンで何も考えずに済むし、「暇だと余計なことを考えるから嫌」みたいなことを言っている人は結構いる。

昔から「とにかく働け、金を稼げ」みたいなタイプの価値観というのは窮屈だなと思っているし、そういうマッチョなタイプの人は基本的に苦手だし関わることもあまりないんだろうなと思う。とにかく僕はスポーツもやったことがないし、体育会系・マッチョ系の思考回路は全く理解できないというか、コミュニケーションのスタイルが違いすぎてどう接したらいいのかわからない。

体育会系と資本主義的思考ってのはわりと結びつきそうな気がしていて、競争という概念に頭が焼かれている人が多いということだ。僕は競争を無駄だとは思わないし、みんなで手をつないでゴールみたいな現実とかけ離れたことを子どもに教えることが良いとは思えないけど、それと違う価値観も同時に持っておくべきだとは思う。ただしこの順番を間違えてはいけないという話で、最初から競争という概念がないものだとするような教育は論外だと思う。自分自身も一応美大受験のときそれなりに難しい競争をしていたわけだけど、ある程度は競争を知った上で競争から抜けるという選択をしている感じだと思う。

資本主義的な思考ってのは要は数字獲得競争だ。再生回数とかいいね数とかに固執する人が多いのは年収がいくらとか身長がいくらみたいな話と同じで、1位2位3位みたいな高い数字が偉いという価値観の人が多いからだろう。実際最近とにかくSNSで金の話ばっかりする人が増えたなと思う。僕は基本的に「数字が高ければ偉い」みたいな価値観はあまりにもバカっぽいので好きではない。例えば絵に点数をつけるとか、歌の採点とか、本来数値化不可能なものをなんでもかんでも数値化すると見失うものが多すぎる。

そういう考えを持っていると、例えばSNSで「この投稿はいいね数が多いから正しい」とか、「年収が高いからこの人は良い人だ」とか、あらゆる点で判断を間違うことになる。最悪身長160cmの人より身長180cmの人の方が偉いみたいな考え方になる。結局「何も考えたくない問題」というのがここでも出てきて、数字の大小を比較してどちらが大きいかみたいな、小学生でも理解できる価値判断の基準を拠り所にすることで思考停止したいのだろうとしか思えない。

これらのことはあくまで自分の考え方であって、何か意見を言ったからといってそれは別に価値観を押し付けているというわけではない。SNSは病的にこの部分を勘違いしている人がいて、誰かの投稿を見てその投稿が自分に少しでも当てはまると「自分が否定されている」という強迫観念に駆られて攻撃してくる人がいる。

数字獲得競争をやりたい人は勝手にやっておけばいいと思うし、それ以外にもさまざまな競争、例えばルッキズム的な競争をやりたい人も好きにすればいいと思う。やりたい人がやりたい人のフィルターの内部でハッピーならそれで何の問題もないのではないかと思う。