デジタルツールを使って物を作る人間にはあるジレンマがある。ツールを勉強したり、新しいツールを使う事それ自体が楽しいという人間でないとそもそもデジタルで何かを作ることを楽しめないのだが、ツールを勉強する、新しい情報を追いかける、といったことに終始していると、単に情報を追いかけるだけで一生が終わってしまうくらいには情報過多な世の中であるということだ。
ぼくが3Dを勉強する過程で常に意識していたのは「ツール追いかけマニア」になってはいけないということだ。そのためには何が美しいと感じるかといったことに対する感性と基準、軸が必要だ。それは自分の専門分野だけをやり続けていても養われない。軸や一貫性を持ち、審美眼を養うといったことはAIによる創作物が跋扈する今の時代には特に重要なことだ。
ゴールドラッシュの時に儲かったのは金を掘っていた人たちでなくツルハシを売っていた人たちであるという有名な話がある。今のデジタルの世界というのは、それと同じ現象が起こっている。
つまり、作り手ではなく、アドオン、チュートリアルなど、作り手にリソースを供給する人間が儲かる構造。これと似たような話として、インスタグラムなどのショート動画では、作品そのものではなく作品のプロセスの方が再生回数が回る。これではあまりにも本末転倒だ。
ツールはツールでしかないし、プロセスはプロセスでしかない。チュートリアルなどの教育はなんのためにあるのかといったら、良い作り手を生み出すためにある。学ぶこと自体が自己目的化し、学ぶプロセスをネットで公開すること自体が数字獲得競争の上で合理性を獲得しているのは普通に考えて奇妙な現象だ。