今年で大学を卒業して10年になる。僕は大学を卒業してすぐにフリーランスになったので、フリーランス10年ということでもある。しかしフリーランスになりたくてなったわけでもなければ、そういう生き方が今ほど広く知られていなかった時代になんとなく成り行きでそうなってしまった、というだけの人間にとっては昨今よく見かける「フリーランスか会社員か」みたいな話には全く乗れない感じがある。会社員経験がないためどちらが良いか悪いかについて語る資格がないとも言えるのだが。
こういった働き方をする人が増え始めてから「大卒フリーランス」を自らのアイデンティティのように語る人が現れだしたが、あの感覚はよく理解できない。大卒でいきなりフリーランスになれる自分の優秀さや異端さを誇示したい気持ちもわからなくはないが、僕にとってはこういう生き方しか選択できなかったという社会不適合者としての烙印のようなものでしかないという認識が強い。フリーランスが何か意識の高い生き方であるかのように、SNSにはフリーランスの振舞い方について偉そうに語っている怪しげな人もたくさんいるが、ああいうのも冷ややかな目で見てしまう。肩書きで自分を語る人間は胡散臭いというのは昔から何も変わっていない。何をやっている人間なのか肩書でなくその中身を見れば変な人に騙されることもない。
会社員経験が無いとはいえ、後から振り返れば僕は会社員には向いていなかったなと思う経験がいくつかある。大学時代にWEB制作会社で一時期アルバイトをしていた時、出社しても何もやることがないにもかかわらず8時間ずっと会社にいなければならないことがあった。正直あまりにも時間の無駄に思えて苦痛だったし、同じ時間の無駄なら家でゲームしている方がよっぽどマシじゃないかと今でも思う。ただ今になって考えれば、大学生のアルバイトにやらせるような実務なんてほとんどなかったんだろうなとは思うけど。
もうひとつは会社が仕切りのないオープンオフィスだったことだ。これは別にバイト先に限らず多くの会社がそうなのだが、机がずらっと並べられ、常に目に見える範囲に人がたくさんいる状況で毎日落ち着いて仕事できる気がしない。人が周囲に常にいるだけで、何もしていないのに気を使ってしまって疲れる。あんな環境で仕事をするくらいならトイレで仕事したほうが何倍もはかどりそうだといつも思っていた。世の中の人間は自分の基準で考えると鈍感すぎると思うが、社会は神経過敏な人間が生きやすいようには設計されていないし、する必要もないとも思う。就業時間についても、自分が朝型人間ということもあって朝の4時に起きて5時くらいから仕事をしたいし、始業と終業の時間を強制的に決められているというのも非効率な気がする。一日12時間働きたいときもあれば、3時間しかやりたくないときもある。
ここまで書いておいてなんだけどあまり働き方について真剣に考えたことはなく、生活に困らないだけのお金が稼げて税金さえちゃんと払っていれば誰にも文句は言われないだろう、というくらいのゆるい考え方でここまで生きてきてしまった。人生において常にある程度暇な状態は維持していたくて、新しい本を読んだり映画を見たりもしたいし、旅行にも行きたいし、時間の融通が利く今の働き方は結果として自分に合っているのだと思う。選んだ働き方というよりは、自分の生理現象のようなものに従っていったらなんとなくたどり着いただけという感じだ。